更新日:2022年8月25日
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児童文学の書き手の育成を図るため、児童文学に関する優れた作品に対して出版助成を行う児童書出版助成について、第7回の助成作品が決定しました。
児童文学の書き手の育成を図るために、児童書に関する「原稿」を募集し、優れた作品に対して出版助成を行う。
助成額は、出版実費の2分の1以内で、50万円を上限とし、出版後助成する。
助成対象の出版物は、市が必要部数を購入し市内の学校・図書館等に配布する。
「だれもいない」
文:谷口知香枝氏
絵:柿木夏實氏
童話
6作品
作品名 | ジャンル |
---|---|
だれもいない | 童話 |
森の王 灰色熊リーズ |
動物小説 |
できる、できる、ぼくはできる!I Can Do It. | 絵本 |
サーカスのくま チブリン | 童話絵本 |
もう一人のマリイ | 絵本 |
ひいおばあちゃん | 小説 |
【選考委員】(五十音順)
石田忠彦氏(かごしま近代文学館アドバイザー・選考委員長)
廣尾理世子氏(鹿児島純心女子高等学校教諭)
森孝晴氏(鹿児島国際大学教授)
石田委員長
「だれもいない」は、短篇集です。「だれもいない」は、二人の少年が小旅行で出会った事件が山場ですが、その後の展開が書かれていない憾みがあります。「ロックなビビラン」は、少女のミミが、仲良くなった長身の青年の、服装の奇異さに興味を持つ話です。その服装への掘り下げがなされていない点が物足りなく感じました。「ねこと本と月」「風吹きすさぶ村」「水辺のすず」の3編は、いずれも、幻想的で、ミステリアスな、魅力のある作品です。それらの中に、人生の問題や、社会的矛盾や社会悪、それに、生の連続、時間の不思議さ、夢と意識の関係などなどがこめられていて、考えさせられる作品です。全体的に、舌足らずのところがありますが、読む人を引き付ける魅力をもっています。
廣尾委員
独特のリズムをもった文体が魅力的な短編集。軽やかで優しい語り口の中に、現代の子どもや大人たちが抱える不安が織り込まれている点に、「いま」を感じました。5つの短編を比較すると、児童虐待を扱った表題作や多様性を子供の視点から捉えた「ロックなビビラン」も興味深いのですが、むしろ作者の魅力は、「猫と本と月」「水辺のすず」などのように、日常の世界に現れる不思議を扱った作品の中に表れているように思います。現実から異世界への移行がスムーズで、読者が作品世界の中で異世界を体験する楽しさがありました。最もファンタジー色の強い「風ふきすさぶ村」は、続きが読みたくなりました。いつか長編になりそうな予感がします。
森委員
深い話も含まれよくできている短編集だが、一貫性を欠く面がある。しかし、社会性も含み、ファンタジーあり、おとぎ話ありで、多様な読みを可能にしている作品。各短編の完成度にやや差があるのが難点。
石田委員長
「森の王 灰色熊リーズ」は、かなりの長編で、構想力や細部の描写力や挿話の使い方など、小説の書き方に優れたものを感じました。にもかかわらず、次のような難点があったのは、残念でした。動物に対する「擬人法」の使い方が、人間の場合と混交していて、不自然である点。地球温暖化などの社会問題が、物語のなかに咀嚼されないで、生のまま表出されている点。動物物語として書かれたとしても、ジジなどの人間の物語の印象の方が鮮烈である点。政治家などへの呼称があらっぽすぎる点。自殺など、キリスト教の扱いが不自然な点。アランとジジとを主軸にした、「ジジの成長物語」という人間の物語としてまとめて欲しかったと感じました。
廣尾委員
自然環境と人間の生を対峙させた意欲作。環境に対する危機意識が明確で、それを若い世代に伝えようとする作者の意志が伝わってきます。医師であり実業家であり、そして環境問題の研究者でもある主人公アランが、その人生の中で行う選択と行動に目が離せませんでした。一方で、環境問題への警鐘がやや演説口調になっている点、彼に関わる動物たちの存在がやや作り物めいてしまっている点が気にかかります。むしろ、人間ドラマを中心に据えて描き切った方が作品の魅力がより深まったように感じました。
森委員
社会派の半動物小説。力作であり、ドラマ性もあって感動的な作品。環境破壊や環境問題を考えさせるテーマが含まれていて読ませる。つながりがわかりにくいところがあるのが難点。修正が必要な部分も数点ある。
石田委員長
「できる、できる、ぼくはできる!」は、桜島大根の種子クインシーの成長物語で、それを寓意として、読者が大きく成長することを励ます内容です。ただ、収穫された大根から花が咲き結実するという設定は不自然です。また、大根の成長過程の描写が単調でした。
廣尾委員
桜島大根を主人公に、種から立派な大根になるまでを描いた、英語教材にもなる絵本。主人公の「クインシー」が誰よりも世界一大きな大根になろうとする様子が微笑ましく、温かみのある絵とあいまって非常に魅力的です。桜島大根としての視点で描く鹿児島の風物がもう少し描かれていると、更に魅力的な絵本になったと感じました。また、収穫された大根から花や種がとれるのかということが気になりました。子供向けの本だからこそ、知識の面での正確さが必要だと思われます。
森委員
絵がかわいくてリズムがいいので、よみきかせに向いている作品。英語の教材としても利用が可能である。桜島などローカル色があるところもよく、生命の循環を感じさせる。文字が小さいのが残念。和訳が欠けているところもある。
石田委員長
「サーカスのくま チブリン」は、母親と愛犬ジャックとで暮らしている5歳のニーナが、サーカスの熊のチブリンと仲良しになる物語です。伏線などを使って構成(プロット)に苦労された作品です。ただ、サーカスの場合は空砲でしょうが、逃げたチブリンを撃つ場合はおそらく実弾でしょう。その曖昧さで、チブリンの死んだふりが生きてきませんでした。また、ジャックの設定も説明不足でした。
廣尾委員
北欧を思わせる街を舞台に少女とサーカスの熊の交流を描いた作品。こちらに語り掛けてくるような文体と夢のある絵が素晴らしく、思わず手に取りたくなる1冊です。一方で、最初に紹介されている主人公ニーナの「思っていることと実際の行動が異なってしまう」という設定が生かされていない点、ニーナと熊のチブリンとの心の交流にいたる描写が十分に描かれていない点が気になりました。むしろ、サーカスの団員ロビンとチブリンの関係で描いた方が説得力のある作品になったのではないかと感じました。
森委員
やや幻想的な絵は、わかりにくい部分も含むが、想像力をかき立てていい。動物を愛するやさしさがよく伝わる作品。絵を含めて全体を拡大した方がいい。もう少しストーリーに展開が欲しいところである。
石田委員長
「もう一人のマリイ」は、メリノ種の羊とメリノウールにまつわる話です。マリイ羊が、祖母のメリー羊が話してくれたことを、もう一匹のマリイに話して聞かせるというものです。そのために基本的には「間接話法」の世界ですが、途中から、マリイがもう一人のマリイに直接に話すという「直接話法」の世界になってしまっています。そのために、愛の循環や人間の金銭欲や現代社会の合理主義批判などの、物語の主軸が、マリイの主張になってしまっています。それに、「もう一人のマリイ」は「マリイの良心」だと説明されても、その意味が理解されにくくなっています。
廣尾委員
羊の中にもう1つの人格があるという設定が興味深い作品です。メリノ種の羊の歴史に触れながら、すべての存在にとって必要な「愛」の大切さを描こうとする試みが新鮮でした。メリノウールの魅力も良く伝わり、ここに絵や写真が加わったら更に魅力を増すだろうと感じました。ただ、「もう一人の自分」がなぜ出現するのかの描写がやや性急すぎて、読者が納得しきれない部分があります。メリノウールの手触りを感じさせる丁寧な描写は、この山場にこそ必要だったように思います。
森委員
マリイの内面の物語という発想は面白い。深いところもあるが、やや展開が甘く、ストーリー性が不足している。「絵本」と銘打っているので絵が欲しかった。修正したほうがいいところが数点ある。
石田委員長
「ひいおばあちゃん」は、作者の自伝です。八十余年の歴史を詳細に書き留めておかれた努力には感心いたしました。貴重な記述ですから、「私家版」としてお出しになって、親類や親しい方々に贈呈なさると、お喜びになると思います。
廣尾委員
89年間の人生の「記憶」を残そうとした作品。1人の女性の人生を辿ると同時に、当時の鹿児島の生活がどのようなものだったかも垣間見える貴重な証言だと感じました。このような記録は現在においてこそ必要だと強く感じました。ただ、このままでは「児童書」というジャンルにはならないのが残念です。例えば、「ひいおばあちゃん」というタイトルに合わせて曾孫(ひまご)の視点で描く、あるいは当時の社会的な出来事と絡めて書くなどの工夫を加えると、さらに興味深い作品になると思います。
森委員
長い人生の重みが伝わる作品。ローカル色もあるが、点・丸を含め修正が必要な部分が多くあるのが難点。
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