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ホーム > 暮らし > 平和 > 催し、展示会等 > 第二次世界大戦戦亡者慰霊祭慰霊のことば

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更新日:2018年8月22日

第二次世界大戦戦亡者慰霊祭慰霊のことば

市長慰霊のことば

厳しい暑さが続く中、今年も終戦の日を迎え、ご遺族をはじめ、多くの皆様ご参列のもと、第二次世界大戦戦亡者慰霊祭を執り行うにあたり、戦亡者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げます。

世界中で数千万人にも及ぶ尊い人命が失われた第二次世界大戦の終戦から、早や、73年の歳月が過ぎ去りました。

我が国においては、この大戦で、数多くの方々が、祖国を思い、最愛の家族の幸せを案じながら犠牲になりました。また、各地への激しい空襲や、広島・長崎への原子爆弾の投下により、国土はまさに壊滅的な被害を受けました。
私どもの郷土、鹿児島市も、8回にわたる空襲を受け、市街地のおよそ9割が焼失し、多くの市民がお亡くなりになるなど、筆舌につくしがたい悲惨な体験をいたしました。想像を絶する状況の中、かけがえのない家族や友人を失った深い悲しみに耐え、幾多の苦難を乗り越えてこられたご遺族と関係の方々に、改めて深く敬意を表する次第であります。

戦後、我が国は、一貫して平和国家としての途を歩み、世界に類を見ない短期間での経済発展を成し遂げ、国際社会において重要な役割を担うまでになりました。
本市も、市民の皆様の弛まぬご努力により、焼け野原の中から見事に復興を成し遂げ、今では、数多くの人々が暮らし、たくさんの来街者でにぎわう、日本の南の交流拠点都市として、着実な発展を続けております。

しかしながら、国際社会に目を向けますと、今なお、国家間の対立や地域間、民族間の紛争が繰り返されており、こうした状況を見聞きするたび、世界の恒久平和の実現の困難さを痛感いたします。

このような中、今年6月には、史上初めてとなる米朝首脳会談が実現し、朝鮮半島に永続的で安定した平和の体制を構築するために努力することや、完全な非核化に向けて取り組むことを約束することなどを内容とする米朝共同声明がなされ、北朝鮮をめぐる諸懸案の包括的な解決に向けた一歩となったものと考えております。
また、原爆が投下された8月6日、9日の両日、広島市長、長崎市長が平和宣言を行い、核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現に向けた力強い決意を述べられました。世界中の人々に1日も早く平穏な日々が訪れることを念願してやみません。

本市におきましても、平成2年に「平和都市宣言」を行い、以来、毎年、「鹿児島市の戦災と復興資料・写真展」や「原爆パネル展」を開催しているほか、市内の小学生・中学生から平和に関する標語を募集し、多くの市民の皆様に平和のメッセージを発信しております。

戦後70年以上が経過し、我が国は、私も含め総人口の8割を超える人々が戦後生まれとなりました。今を生きる私たちには、悲惨な戦争の教訓を次世代に語り継ぐ責務があります。
終戦の日である8月15日を迎え、私たちは、いま一度不戦の誓いを新たにし、戦争の記憶の継承に努め、世界の恒久平和実現に向けて一層の努力を続けてまいりますことをここに固くお誓い申し上げます。

結びに、戦亡者の御霊のご冥福と、ご遺族の皆様方のご健勝、鹿児島市の限りない発展を祈念いたしまして、慰霊のことばといたします。

平成30年8月15日 鹿児島市長 森 博幸 

議長慰霊のことば

本日ここに、ご遺族並びに関係の皆様方多数ご参列のもと、第二次世界大戦戦亡者慰霊祭がおごそかに執り行われるに当たり、鹿児島市議会を代表し、謹んで戦亡者各位の御霊に慰霊のことばを捧げます。

先の大戦では多くの尊い命が失われました。あの苛烈を極めた戦いの中で、祖国を思い、愛する家族の行く末を案じつつ、遥かな異郷の地で命を落とされた御霊、あるいは、国内外において戦禍をこうむり、犠牲となられた多くの方々の無念さに思いを馳せるとき、今もなお尽きることのない悲しみが込み上げてまいります。

また、最愛の家族を失われた深い悲しみを胸に、今日に至るまで幾多の苦難を乗り越えてこられました、ご遺族の皆様の心情をお察し申し上げるとき、万感胸に迫るものがあり、深く哀悼の意を表する次第であります。

戦後、我が国は、国家の再建にたゆみない努力を傾注し、世界に誇る目覚しい経済発展を遂げるとともに、恒久的な平和の実現に向けて、今日まで尽くしてまいりました。
わが郷土鹿児島市におきましても、市民の皆様の懸命なご尽力により、激しい空襲で焦土と化した街から復興を成し遂げ、今日、南九州における政治・経済・文化の拠点都市として、着実な発展を続けております。
この平和で豊かな愛すべき郷土を、100年、200年先の明日に確実に引き継いでいくことは、本市の「平和都市宣言」でも高らかに謳われた理念でもあり、次世代に向けた、私たち鹿児島市民の共通の願い、使命でございます。

終戦から70年以上もの長い歳月が経過し、あの悲惨な戦争の記憶は薄れつつあると言われておりますが、現在において、私たちが享受している平和や豊かさは、戦渦の中で亡くなられた多くの方々の尊い犠牲の上に築かれたものであり、私たちは、そのことをひとときも忘れてはなりません。

本日、終戦の日を迎えるにあたり、戦争による悲しい歴史を二度と繰り返さぬよう、私たち一人ひとりが、戦争の悲惨さと平和の尊さを深く心に刻み、記憶継承の担い手となって、次の世代にしっかりと語り継ぎ、郷土鹿児島市の更なる発展を目指して、不断の努力を続けていくことを堅くお誓い申し上げます。

ここに、尊い命を捧げられました御霊に永久の安らぎと、ご遺族並びにご参列の皆様方のご多幸を心からお祈り申し上げまして、鹿児島市議会を代表しての、慰霊のことばといたします。

平成30年8月15日 鹿児島市議会議長 山口 たけし

児童代表慰霊のことば

今、私たちは、平和の中に生きています。私は今朝、いつもどおり起きて、いつもどおり身支度をし、いつもどおり温かい朝食を食べ、何の心配も無く、この会場に向かうことができました。

「なんて幸せな事だろう。」

こんな風に考えられるようになったのは、3年前に出会った「禎子の千羽鶴」という本のおかげです。
この本は、広島で原爆にあい、白血病になった禎子さんという主人公が、病気と闘いながら、元気になることを願い、亡くなるまで千羽鶴を折り続けた話です。

禎子さんは、私と同じ12歳。12年間という短い命でした。禎子さんの命を奪った原爆は、たった一瞬にして7万人もの命を奪ったそうです。想像しただけで、背筋が寒くなりました。
戦争さえなければ、禎子さんはきっと、今の私のように楽しい毎日を過ごしていたはずです。そんな大勢の命を奪ってしまうおそろしい戦争を、もう二度とするべきではないと私は思います。

戦争により、禎子さんだけではなく、子どもからお年寄りまで、たくさんの尊い命が犠牲になりました。まだまだ生きたかった人の命や夢・希望を奪った戦争。そんなおそろしい戦争を二度とくり返すことがないように、この悲しい記憶を決して忘れず、今の私たちの平和な生活は、あの時代を懸命に生きた方々のおかげであることを心に留めていきましょう。これからの平和な未来を、一人一人が考え、創っていきましょう。未来へつないでいきましょう。

私には、夢があります。その夢に向かって、生きたかったけれど生きられなかった禎子さんの分・戦争で命を落としてしまった、たくさんの方々の分まで、頑張って生きていきたいと思います。

最後に、戦争で亡くなられた方々のご冥福をお祈りして、慰霊の言葉といたします。

平成30年8月15日 鹿児島市立名山小学校6年 松尾 佳奈

生徒代表慰霊のことば

平成30年第二次世界大戦戦亡者慰霊祭の開催にあたり、慰霊のことばを申し上げます。

今日は8月15日。第二次世界大戦が終結した日です。それと同時に戦争を二度としないという誓いを立て、平和を祈念する日でもあります。たくさんの罪のない人々が亡くなり、今なお心に傷を負われている方もいらっしゃいます。

しかし、戦争を経験された方がご高齢になっている現状で、今の私たちは戦争への関心が薄くなっていると言われています。確かに私たちは戦争のない日々は当たり前で、毎日幸せに暮らしています。同じ過ちを二度と繰り返さないために、これからもこの幸せな日常を守っていくために私たちができることはないのでしょうか。

昭和20年6月17日、終戦の2ヶ月前に鹿児島を襲った大空襲。あたり一面真っ赤な炎。助けを求める人々の叫び声。そんな願いを無視するかのように降り注ぐ爆弾。何の罪もない3千3百人の方が亡くなられ、市街地の93パーセントが焼失し、地方都市では最大規模の被害であったと言われています。私たちが当たり前のように幸せに暮らしているこの鹿児島が、73年前、こんなむごたらしい光景になったことを私は想像することができません。

また、他にも鹿児島には忘れてはいけない悲しい記憶があります。特攻隊です。鹿児島にも4つの特攻基地があり、そこから私たちと変わらない年齢の、多くの若者が次々と飛び立っていったといいます。残された彼らの最後の手紙には、両親、妻、恋人、兄弟、これから生まれてくる子供への思いなど、とてつもなく強い思いがこめられており、小学生だった私の胸にも突き刺さるものがありました。彼らはいったいどんな思いでここ鹿児島を飛び立っていったのでしょう。愛する人を残し、自らの命が絶たれるその瞬間、何を思っていたのでしょう。彼らの胸の内を考えるだけでやりきれないような激しい思いがこみ上げてきます。

戦争は悲しみしか生みません。特攻兵の方々だけでなく、残された人たちも筆舌に尽くしがたい思いをされたことでしょう。もう絶対に戦争によってそんな思いをしなければならない人を作ってはいけないと、心から思います。

彼らのように、生きたくても生きられず、戦争によって大切な人や愛する人、夢や希望を奪われてしまったという現実。また、世界ではたくさんの幼い子供たちが紛争やテロで亡くなっています。このように今この時間にも多くの人の未来が争いによって失われているという事実を私たちは知らなければなりません。そしてその事実を語り継ぐとともに、生かされているこの命と、幸せな日常に感謝し、今を精一杯生きなければなりません。

戦争の悲惨さから目をそらさず、きちんと向き合いそれを知った上で同じ過ちを二度と繰り返さない。戦争によって奪われた多くの人たちの命の尊さや思いを忘れず、この幸せな日常をこれからも守り抜くために、戦争の恐ろしさと、平和の大切さを私たちが後世に伝える。それが今の私たちにできることではないでしょうか。

世界中に平和が訪れることを願い、戦争の歴史を忘れず、命の尊さについて考え、平和な未来を築いていくことを誓い、慰霊のことばといたします。

平成30年8月15日 鹿児島市立鹿児島玉龍中学校3年 新名主 美弥子

過去の慰霊のことば

平成29年慰霊のことば(PDF:210KB)

平成28年慰霊のことば(PDF:194KB)

平成27年慰霊のことば(PDF:208KB)

 

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