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ホーム > 暮らし > 平和 > 催し、展示会等 > 第二次世界大戦戦亡者慰霊祭慰霊のことば

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更新日:2017年8月23日

第二次世界大戦戦亡者慰霊祭慰霊のことば

市長慰霊のことば

城山の麓、ここ探勝園の緑色濃い木々に囲まれる中、今年も終戦の日を迎え、ご遺族をはじめ、多くの皆様ご参列のもと、第二次世界大戦戦亡者慰霊祭を執り行うにあたり、戦亡者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げます。

世界中で数千万人にも及ぶ尊い人命が失われた第二次世界大戦の終戦から、早や、72年の歳月が過ぎ去りました。
我が国においては、この大戦で、数多くの方々が、祖国を思い、家族の幸せを案じながら犠牲になりました。また、各地への激しい空襲や、広島・長崎への原子爆弾の投下により、国土はまさに壊滅的な被害を受けました。
私どもの郷土、鹿児島市も、8回にわたる空襲を受け、市街地の約93パーセントが焼失し、多くの市民がお亡くなりになるなど、筆舌につくしがたい悲惨な体験をいたしました。想像を絶する状況の中、かけがえのない家族や友人を失った深い悲しみに耐え、幾多の苦難を乗り越えてこられたご遺族と関係の方々に、改めて深く敬意を表する次第であります。

今年は、日本国憲法施行70周年の節目に当たります。我が国は、戦後、この憲法を制定し、一貫して平和国家としての途を歩み、世界に類を見ない短期間での経済発展を成し遂げ、国際社会において重要な役割を担うまでになりました。
本市も、市民の皆様の弛まぬご努力により、焼け野原の中から見事に復興を成し遂げ、今では、数多くの人々が暮らし、たくさんの来街者でにぎわう、日本の南の交流拠点都市として、着実な発展を続けております。

しかしながら、世界に目を向けますと、今なお、国家間や地域間、民族間の対立・紛争が繰り返されているほか、隣国の北朝鮮は、国際社会の度重なる警告を無視して核実験や弾道ミサイル発射等の挑発行動を続けており、先日、国連の安全保障理事会で、北朝鮮に対する制裁決議案が全会一致で採択されたところであります。こうした状況を見聞きするたび、核兵器の無い、平和な世界を実現することの難しさを痛感いたしますとともに、世界中に一日も早く平穏な日々が訪れることを念願してやみません。

このような中、今年も、8月6日、9日の両日、広島市長、長崎市長が、それぞれ平和宣言を行い、核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現に向けた力強い決意を述べられました。
本市におきましても、平成2年に「平和都市宣言」を行い、あらゆる国の核兵器の全面廃絶や世界の恒久平和の達成を願うとともに、戦争による惨禍を二度と繰り返さないことを誓いました。
その一環として、毎年、「鹿児島市の戦災と復興資料・写真展」や「原爆パネル展」を開催しているほか、市内の小学生・中学生から平和に関する標語を募集し、多くの市民の皆様に平和のメッセージを発信しております。また、薄れつつあると言われている戦争の記憶を記録として残し、戦争の悲惨さや復興のための先人の努力、平和の尊さを次の世代に伝えていくため、戦災・復興に係る資料の募集を続けております。

戦後70年以上が経過し、我が国は、私も含め総人口の8割を超える人々が戦後生まれとなりました。今を生きる私たちは、肌身で感じた戦争の悲惨さを語り継ぎ、これを直接受け継ぐことができる最後の世代であることを改めて自覚し、世界の恒久平和実現に向けて一層の努力を続けてまいりますことをここに固くお誓い申し上げます。

結びに、戦亡者の御霊のご冥福と、ご遺族の皆様方のご健勝、鹿児島市の限りない発展を祈念いたしまして、慰霊のことばといたします。

平成29年8月15日 鹿児島市長 森 博幸

 

児童代表慰霊のことば

今、ぼくたちが住んでいる鹿児島市は、雄大な桜島、波静かな錦江湾、鮮やかな緑の森など、美しい自然に囲まれ、子どもからお年寄りの方まで、たくさんの笑顔であふれています。ぼくは、自然豊かで平和な街、この鹿児島が大好きです。

しかし、72年前、この街では、空襲により多くの方々が傷つき、貴い命がうばわれました。以前、訪れた戦争と平和に関する写真展で目にした風景は、今とは全くちがうものでした。空襲によって焼け野原になり、家や建物、花や木々がない街。ぼくより年下の男の子が、水や食べ物を求め、つかれた表情でさまよい歩く姿。あまりにも悲惨な様子に、心が苦しくなってきました。もし、空襲にあったら、ぼくはどうしただろう。焼夷弾が、降り注ぐ中、恐さに震えながら、必死に逃げ、「死にたくない。」、「助けて。」、「戦争なんか嫌だ。」と叫んでいたにちがいありません。

ぼくたちは、社会科の授業で、戦争について学級で話し合ったことがあります。友達と真剣に考え、戦争とは「戦争に行った方々や、そのご家族はもちろんのこと、戦争に関係のない人が苦しむもの」、「多くのかけがえのない命をうばうもの」であり、「どんな理由があっても、決してしてはいけないもの」ということをみんなで確認しました。また、話合いを通して、「72年前、戦争で毎日、不安にさらされ、大切なものをうばわれてしまうという事実があったことを、みんなが知らなければならない。そして、そのことを忘れず、ぼくたちも、戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えていくことが大切だ。」という思いを強くしました。

さて、見学した写真展は、戦争の悲惨さを伝えるものばかりではありませんでした。荒れ果てた街を復興し、元の生活を取り戻そうと必死に努力する人々の姿もあり、心がじいんと熱くなりました。これらの写真から、今日の平和な鹿児島、そして日本は、戦争で犠牲になった多くの方々と、悲しさや苦しさを乗り越えて努力された方々が創り上げてきたものであることが分かりました。そして、戦争の悲惨さと平和の尊さをうったえ続けている方々の努力があるからこそ、今日の社会があることも。

ぼくは、多くの方々の笑顔にあふれた、この鹿児島、そして日本が大好きです。世界中がそうなって欲しいと考えています。そのためには、戦争という悲しい出来事があったことを決して忘れず、一人一人が平和について考え、みんなで力を合わせて幸せな社会を築くことが大切です。そして、そのことが戦争で犠牲になられた方々の思いや願いに応えることにつながると信じています。

これからも、戦争のない、平和な世の中を次の世代へとつなげていくよう努力することを誓うとともに、戦争で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りして、慰霊のことばといたします。

平成29年8月15日 鹿児島市立山下小学校6年 堀之内 俊成

生徒代表慰霊のことば

平成29年第二次世界大戦戦亡者慰霊祭の開催にあたり、慰霊のことばを申しあげます。

鹿児島中に鳴り響くサイレン。静かに目を閉じ平和を想う人々。今日は8月15日。72年前、第二次世界大戦が終結した日です。それと同時に、戦争を二度としないという誓いを立て、平和を祈念する日でもあります。第二次世界大戦によって、多くの尊い命が失われました。また、昭和20年6月17日、終戦の2か月前に鹿児島でも鹿児島大空襲があり、多くの被害がでました。72年という年月は、私には遠い昔のように感じられ、終戦という実感もありません。

しかし、72年前は、この鹿児島の空にも多くの戦闘機や爆撃機が飛び交い、この豊かな緑や活気あふれる町並みは見渡す限り焼け果てたかれの原だったのです。想像するだけで足がすくみそうな光景は、実際にあったことなのです。戦争を体験した人が少なくなってきている現在では、私達は学校の授業ぐらいでしか戦争について学ぶことはありません。それは、私達は、戦争の無い日々をあたり前だと思っているからです。しかし、何もしないままで平和な日々は続くのでしょうか。これからを担っていく私達が、今できることはないのでしょうか。

私達が住む鹿児島には、戦争による悲惨な歴史が、残されています。例えば、「特攻隊」です。鹿児島には4つの特攻基地があり、そこから大勢の若者が飛び立っていきました。回を追うごとに、特攻兵の年齢はどんどん下がっていき、私とあまり変わらない、15歳・16歳で命を落とす方もいたと聞きます。以前知覧特攻平和会館の話を母から聞いて、特攻兵の最後の手紙、つまり遺書について調べたことがあります。そこには、「お国のために」や「父母上様もこの私の為に喜んで下さい」などが綴られていました。この手紙を書いた彼らの気持ちは私にははかりしれません。帰ることを許されない命の片道切符、どんな想いでこの手紙を書き、ここ鹿児島を飛立っていったのだろう。その胸の内を思うだけで、胸が苦しくなります。こんな思いをしなければならない若者を二度とつくってはいけません。私は強く強く思います。

日本は、平和への取組を進め、世界における日本の役割も大きくなっています。特に、国連平和維持活動では、人的貢献や財政的貢献を果たしています。日本から世界へ、世界平和への道はまだまだ長いですが、少しずつだけれど確実に進んでいます。

しかし、世界には、まだ紛争やテロが絶えない地域があります。餓死してしまう子供や難民が多くいる地域があります。やはり世界中が平和になる日はまだ遠いです。それでも、今の私達にできることがあります。それは誰にでも思いやりの心を持つこと。まず私は、笑顔で相手と接することから始めたいです。これはとても簡単なことです。ですがこの積み重ねが人と人のつながりを作り、国境を越え国と国のつながりを作り、平和の輪が広がっていくことを私は信じていいます。72年間受けつがれてきた平和の灯火を私達がしっかりと守り、次の世代へとつないでいきます。

最後に、世界中に平和が訪れる日を目指して、戦争の歴史を忘れず、命の尊さについて考え、思いやりの心をもつことを誓い、慰霊のことばといたします。

平成29年8月15日 鹿児島市立甲東中学校3年 柿本 帆乃夏

過去の慰霊のことば

平成28年慰霊のことば(PDF:194KB)

平成27年慰霊のことば(PDF:208KB)

 

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