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ホーム > 暮らし > 平和 > 催し、展示会等 > 第二次世界大戦戦亡者慰霊祭

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更新日:2017年8月23日

第二次世界大戦戦亡者慰霊祭

昭和28年12月、当時の鹿児島市長 勝目 清氏によって「第二次世界大戦敵味方戦亡者慰霊碑」が建立され、その翌年から毎年、終戦の日の8月15日に戦亡者のご遺族をはじめ多くの関係の方々に参列いただき、戦亡者を慰霊するとともに、後世に平和の尊さを語り継いでいくため、戦亡者慰霊祭を行っています。

今年は、遺族をはじめ約230人の参列のもと、厳かに開催されました。

概要

日時・場所

平成29年8月15日(火曜日)10時00分、探勝園(城山公園内)

次第

  1. 合唱
  2. 開式
  3. 黙祷
  4. 慰霊のことば
  5. 献花
  6. 合唱
  7. 閉式

合唱

冒頭、鹿児島女子高等学校音楽部により「浜辺の歌」が合唱されました。

黙祷

黙とう

多くの戦亡者の安らかなご冥福をお祈りして、黙祷を捧げました。

慰霊のことば

市長慰霊のことば29児童慰霊のことば29

生徒慰霊のことば29

市長、市議会副議長、児童代表、生徒代表により慰霊のことばが捧げられました。

それぞれの立場から悲惨な戦争の記憶や平和の尊さを次世代へと引き継ぐことや、世界平和に向けた努力を継続していく決意が述べられました。

献花

献花29-1献花29-2

参列者が献花を行いました。

合唱

合唱29

最後に鹿児島女子高等学校音楽部により「ふるさと」が合唱されました。

第二次世界大戦敵味方戦亡者慰霊碑

(建立の趣旨)※慰霊碑横の石碑に記載されている内容です。

第二次世界大戦では、世界中で二千数百万人の生命が失われたようであります。

その霊をなぐさめるとともに再びかかる惨事が起こらないようにと思ってこの碑を建てました。

旧薩摩藩主島津義弘は朝鮮での戦争で亡くなった、敵味方の人々のため慶長4年高野山に供養碑を造りました。

これは日本における赤十字精神の見本として世界各国に有名であります。此処に造った碑は、前記の供養碑と同じ形、同じ大きさであります。

昭和28年12月25日 鹿児島市長 勝目 清

慰霊碑

よくある質問

お問い合わせ

総務局市長室秘書課

〒892-8677 鹿児島市山下町11-1

電話番号:099-216-1122

ファクス:099-216-1123

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