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更新日:2025年8月22日
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埋立て前の与次郎ヶ浜には海岸が広がり、天保山から鴨池市民球場に至る国道225号に沿って海岸線が続いていました。国体誘致活動が進められる中、市街地に不足しているオープンスペースの確保とともに、桜島と錦江湾の眺望に恵まれたこの地区に観光・スポーツセンターを建設するという与次郎ヶ浜の開発が計画され、与次郎ヶ浜公有水面埋立事業が開始されました。同事業は、昭和41年8月から昭和47年8月(付帯工事を昭和49年3月まで継続)にかけて行われ、総事業費約114億円、埋め立て面積約109万平方メートルの大規模事業でした。

埋立て前の与次郎ヶ浜付近(昭和40年頃)

与次郎ヶ浜公有水面埋立土地利用平面図(昭和45年5月起債申請書)

水搬送工法による与次郎ヶ浜埋立て開始(昭和42年2月11日)

かごしま市民のひろば19号(昭和43年12月発行)


陸上競技場をはじめ施設の建設が進む与次郎ヶ浜埋立地(左は昭和46年3月、右は昭和47年3月)
昭和47年9月17日、鴨池水泳プールで太陽国体夏季大会の開会式が行われました。そして、10月22日、与次郎ヶ浜に新設された鴨池運動公園を中心に太陽国体秋季大会が開幕しました。

国体の会場となった鴨池運動公園一帯(昭和48年6月)

秋季大会開会式(鹿児島県選手団の入場)
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